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Demonia

Liza が好きだ。

緑の粘液を吐いても Liza が好きだ。Lucio Fulci 監督作という枠を外し、贔屓目で見れば傑作と呼べる。Dardano Sacchetti を欠く作品に顕著な「脚本の甘さ」はある。並みの監督であれば、この古典的な亡霊譚を映像化したとして、せいぜい30分が関の山だろう。しかし、演出力が並ではない。役者の選出も素晴らしい。魅惑的な Sicilia の景観、数世紀を経て、なお生活の中にある建築物。やはり巨匠なのだ。散りばめられた L’aldia への誘いに、心惹かれること必至。さぁ、君も Carter 警部と一緒に悪夢の Santa Rosalía へと旅立とう!

Demonia

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  • Regia: Lucio Fulci
  • Soggetto
    Lucio Fulci
    Antonio Tentori
  • Fotografia: Luigi Ciccarese
  • Musica: Giovanni Cristiani
  • Interpreti
    Meg Register … Liza Harris
    Brett Halsey … Paul Evans
    Lino Salemme … 肉屋 Turi de Simone
    Lucio Fulci … Carter 警部
    Michael Aronin … Andi 警部補
    Carla Cassola … 霊媒師 Lilla
    Al Cliver … Porter
    Francesco Cusimano … 泥遊びの子供 Robbie
    Christina Engelhardt … Robbie の母 Susie
    Ettore Comi … Robbie の父 John
    Pascal Druant … 長髪の酔っ払い Kevin
    Grady Clarkson … 短髪の酔っ払い Sean
  • Anno / Durata: 1990 / 86 minuti
  • Produzione
    Lanterna Editrice
    A.M. Trading International S.r.l.
  • Titolo
    Also known as: Liza
    邦題:ルチオ・フルチの新デモンズ

I personaggi

  • Nums

    Demonia - Nuns

    15世紀 Sicilia の Santa Rosalía の街に生きていた五名の修道女。姦淫に耽り、己の嬰兒すら殺め、悪魔を崇拝した彼女たちこそ Demonia である。1486年、修道女たちは蜂起した市民によって十字架に貼り付けられ、まだ息があるまま修道院の地下に封印された。1990年においても、この呪われた惨劇に触れることは禁忌である。

  • Liza Harris

    Demonia - Liza Harris

    美貌の考古学者。本編の Heroine である。Santa Rosalía へ赴く発掘調査の前日、趣味の「降霊術」の会に参加。十字架に貼り付けられる修道女の姿を霊視する。そして、抗いきれぬ衝動に突き動かされ、修道院を訪れる。封印されていた地下へと続く階段。その先で見たものは…

  • Paul Evans

    Demonia - Paul Evans

    Toronto 大学卒の考古学教授。Liza の恩師であり、特別な関係にあるようだが、はっきりとは描写されない。年齢によらず、短刀で腹部を刺されても動き回れるほどの強靭な肉体を誇る。存在感は薄いが "Liza, come back" の名言を残す。

  • Turi de Simone

    Demonia - Turi de Simone

    Santa Rosalía で精肉店を営む青年。強い霊感の持ち主らしく Liza が危険な存在であることを看破する。Liza に対し『災いが降りかかれば Santa Rosalía の Turi de Simone の名の下に、必ずや報復する』と伝統に則った宣誓を果たすが、それが文字通りの「舌禍」となる。

  • Inspector Carter

    Demonia - Inspector Carter

    面倒臭がりだが頭の切れる警部。妻の故郷である Santa Rosalía の土地に明るい。奥さんが裁縫好きなのか、生地にも詳しい。何者かによって無残な姿にされた犠牲者の手に握られていた布が、何世紀も前のものであることを見抜いた。

  • Lilla

    Demonia - Lilla

    猫以外を信用しない霊媒師。自分の死を覚悟した上で Liza に Santa Rosalía の惨劇の真相を明かす。覚悟の割には、いざとなると猫に文句を言う。Lilla との初対面において、本作では、たった一度しかない Liza の「眼のアップ」がある。

  • Porter

    Demonia - Porter

    Toronto 大学卒の海洋考古学者。学生時代、学部長であった Paul から論文に難癖を付けられたが、これを一蹴して新学部長となった経緯がある。10年ぶりに Paul と再会するも、去って行く Paul の背中を見送る眼差しは不穏。遺恨の再燃を警戒しているのだろうか?

  • Robbie & Susie

    Demonia - Robbie and Susie

    少年 Robbie は泥遊びが大好きで、母親 Susie は子供の服が汚れるのが大嫌い。洗濯直後から泥遊びに邁進する子と母のせめぎ合いが続くも…子供に自分の考えを押し付ける母親には、痛烈過ぎるしっぺ返しが待っていた。察するに、巨匠の幼少期の実体験ではないか?血塗れになった少年は Gore の大家となった監督自身の Metaphor なのかも知れない。

  • Kevin & Sean

    Demonia - Kevin and Sean

    考古学者たちによる発掘調査の助手と思しき、アルコール依存症の二人組。Susie たちと夜中まで大騒ぎしており Liza は彼らに激しい怒りを覚えていた。泥酔した Kevin は、何者かによって落とし穴へと誘われ転落死する。酩酊状態の上に、気が動転した Sean も足をもつれさせ Kevin と同じ運命を辿った。Santa Rosalía の人々が言う、禁忌に触れた祟りが起きたのだろうか?

Demonia 考察

この項目は作品鑑賞後に読んでいただきたい。Demonia の脚本は不可解である。僕にとって Demonia は「何がおかしいのか」を考察したくなる、妙に気になる作品なのだ。まず整理しておきたいのは、殺人の加害者と動機である。断っておくが、恐怖劇の定番である「暴走した怨念による無差別殺人」という線は消える。なぜなら「犠牲者が選ばれている」からだ。各容疑者と、推定される殺人の目的は以下のようになる。

  • 修道女の亡霊:Santa Rosalía 市民への報復
  • Santa Rosalía 市民:事件の秘匿
  • Liza:嫌な奴らへの復讐

犠牲者の検証

被害者 容疑者 加害者 動機
Porter 学生時代の遺恨がある Paul 修道女の亡霊 不明
Kevin & Sean 安眠妨害されていた Liza または市民 修道女の亡霊 過去に触れぬよう警告
Lilla 修道女の亡霊 亡霊の依代となった猫たち 過去を暴露したことへの懲罰
Turi Liza 亡霊の依代となった Liza 文句を言われた仕返し
John Liza 亡霊の依代となった Liza 安眠妨害に対する復讐?
Paul Liza 亡霊の依代となった Liza 日頃のストレスから、つい、カッとなって

最大の破綻:Liza が依代となる必然性がない

修道女の亡霊は「依代なくして現実に影響力を持つ」ことが出来ている。つまり Liza の肉体を得る必然性がない。ここに脚本の最大の破綻がある。

第二の破綻:Liza が依代に選ばれる根拠が不明

なぜ Liza である必要があったのか?例えば Liza は「修道女の子孫であった」ないしは「修道女を封印した Santa Rosalía の市民の子孫であった」という描写があれば説明は付く。また、強引な解釈をすれば:

  1. 人より霊感が強い Liza は「偶然に」15世紀の Santa Rosalía の修道院で起きた出来事を霊視した。
  2. 修道女の亡霊は「都合良く」依代を見つけた。

という説明も出来なくはない。いずれにせよ、修道女の亡霊にとって Liza は不要なので、いかに理屈を組み立てようとも破綻を修繕することは不可能である。

第三の破綻:Who Why What

容疑者と、殺人の目的が動機していない。「誰が、なぜ、何の為に」という部分の整合が見られない。仮説を立てて検証してみよう。

仮説1:修道女と市民は発掘隊を Santa Rosalía から排除したかった

真っ先に始末すべきは発掘の主導者 Paul である。もしかすると Porter は Paul と間違えられ「誤殺」されたのかも知れない。さもなければ Porter が殺される理由はない。Kevin, Sean の殺害が、警告であったことは明白だ。しかし、手の込んだ仕掛けを用意してまで John 殺す理由はない。過去を暴露した Lilla が殺されるのはわかる。しかし、秘密を守ろうとした Turi が殺される理由はない。つまり、この仮定は通らない。

仮説2:Liza の個人的な復讐

これも無理がある。Liza の殺人の動機と成り得るのは「安眠妨害」と「自分の行動を否定された恨み」しかない。安眠妨害されて怒り狂った Liza は同僚の Kevin と Sean そして Susie に復讐をする。そして、自分の行動に文句を付けた Turi を虐殺し Paul に対しては、恐らく特別な感情があったので、短刀で腹部を刺すに留めた。Porter は Liza と無関係な人物だが Paul に替わって彼の恨みを晴らしたとは考えられる。しかし Lilla は協力者なので殺す理由がない。やはり「こじつけ」なくしては説明不可能であり、なにより、殺人の動機がお粗末だ。

仮説3:都市伝説

突飛だが、現代的な解釈も加えてみたい。Demonia とは、不特定多数の人物が語った逸話によって形成された都市伝説なのである。人の記憶は曖昧だ。そして、記憶の隙間を自分に都合良く埋め合わせる。話の筋に矛盾が生じるのも当然である。余りに出来過ぎた「Porter の生首」など、完全な創作である可能性が高い。実際の Liza だって、あんなに美人ではないのだろう。しかし、この仮説は認められない。これを認めてしまえば Demonia という映画自体が「なかったこと」になり兼ねないからだ。

考察結果:Demonia は未完である

最後に検討すべきは、修道女たち「悪魔崇拝者」の目的が、例えば、悪魔の召喚といった「作品で描かれた世界の外側」にあった可能性である。Liza は修道女たちが何らかの目的を達成するために必要な「媒体」であったのだ。しかし、目的は何なのか?なぜ媒体が必要なのか?なぜ Liza でなくてはいけないのか?すべてが有耶無耶である。

Gore が物語の先に来てしまっていることが根本的な問題なのだ。Gore sequences を盛り込みたいがために、脚本と設定を無視して「修道女の亡霊」と「Santa Rosalía 市民」そして Liza という要素が At random に利用されている。その為、物語性が希薄となり Gore も単なる Grotesque に成り果てた。そこに「恐怖感」など生まれ得ない。

Lucio Fulci 監督作としての Demonia は「単純な Entertainment 作品」である。ただし、随所に「入り口」が見えている。何かが仕込まれている。結果的に、その何かは形にならなかったが、巨匠 Lucio Fulci の生み出す世界への「入り口」は、確かに存在している。Liza はまだ完全に L’aldila へと踏み込んでいないのである。だから現世に戻って来れたのだ。Demonia は終わっていない。

Liza, come back!

Demonia - Liza, come back

Come back, Liza… その先へ行っても、あんまり良い映画にはならないんだ。修道院から引き返そう。そして、もう一度やり直してみないか…僕たちの Demonia を。Liza, come back!

ペドロ・マハチカラの Demoniac Trivia

Demonia のシナリオ時点の原題は "Liza" である。…E tu vivrai nel terrore! L’aldilà の Heroine も "Liza" だ。L’aldia で John (David Warbeck) が Liza に向かって言う。『君は何者だ?』唐突だし、結局何者か分からないままエンディング。Liza とは Lucio Fulci が知りたいものではなかろうか。

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