十八般武藝
劉家良という稀代の武術家は、己の「武術への誇りと愛」を懸けて、過ちの歴史に正面から切り込んだのである。
48歳にて十八般にも及ぶ武藝の疾風怒涛「甦る伝説の拳」は、劉家良だからこそ体現出来た。そして「武術の在り方」を後世に伝える、その協同者はやはり、実弟しかいない。劉家良と劉家榮、究極の兄弟対決に刮目!さらに、傅聲が Comic relief として出演!《洪拳小子》の Self-parody は抱腹絶倒間違いなし。小侯の鋭い体捌き、李擎柱の美貌と華麗な技、劉家輝の客演も見逃せない!
武術への誇りと愛!劉家良と劉家榮が究極の兄弟対決、怒涛の十八般武藝に震えろ!
舞台背景は、1900年の清朝末期に起こった《義和團運動》(義和団の乱)である。1860年《第二次鴉片戰爭》(アロー戦争)終結後、キリスト教布教者達は、戦勝国の傲慢さを以って中国社会の慣行を無視し、社会に軋轢を生じさせた。
沸き起こった反キリスト教運動、その中心組織《梅花拳》は「扶清滅洋」を掲げ、義和團へと発展する。義和團は《降神附体》を行い、刀や銃弾をも防ぐ「刀槍不入」の肉体を手に入れることで、列強国の西洋兵器に対抗せんとした。
神打
劇中には義和団の三大組織《術士壇》《茅山壇》《神打壇》が登場する。これらは創作だと思われる。
ティエ壇主の率いる術士壇は呪術集団。茅山壇は実在宗派とは無関係であり、1985年の《殭屍先生》でお馴染みの道教の術を使う集団。なお、先に殭屍を題材とした作品を公開したのは、劉家良導演の1979年《茅山殭屍拳》である。
神打壇は名前の通り《神打》を極める集団であり、史実の梅花拳に基づき、法力で銃弾を弾き返す不死身の肉体を得る修行を積む。
李秉衡
字幕で「リー総管」と翻訳されている人物は李秉衡である。義和團運動下において、西太后に Jingoism を説いた官僚だ。そして、列強国へ宣戦布告をした清朝は「武装の明確な差」により敗戦。義和團は、その責任を転嫁され、清朝からも弾圧されることとなる。義和團は「扶清滅洋」を「掃清滅洋」と変え、清朝とも対峙したが、やがて掃討された。
國家への叛逆
劉家良が演じる主人公『雷公』は十八般武藝を極めた達人。「不死身の肉体」を否定し、むざむざと殺される人々を救うべく《南雲義和團》を解散させた。しかし「刀槍不入」は、史実に残る国家的迷信である。雷公の正しき行動は、国家への反逆でもあったのだ。
武術は強さを示すものではない、仁徳を示すものである。中国武術の真髄を明示する本作には、武術への誇りと愛が謳われる。劉家良、48歳にて怒涛の如き武術を披露する堂々の主演作である。「甦る伝説の拳」は、この達人だからこそ、表現出来た。
腸が飛び出す大量出血!洪拳小子の Self-Parody

傅聲の演じる『マオ大師』が偽雷公となり、奇術で「刀槍不入」の奇跡を起こす。この場面は、傅聲ファンにとって、かなり衝撃的なのである。
偽雷公が、芝居を打ち合わせて、野党を演じる面々と対峙する。周囲には民衆が詰めかけており、彼らは「雷公の奇跡」を目の当たりにする。あらゆる兵器を受け付けない偽雷公だが、黒犬の血は、その神通力を払ってしまう。
黒犬の血で濡らした匕首で腹を刺された偽雷公は「腸が飛び出す」という《洪拳小子》終盤の状態そのものに!傅聲の演技が、またなんとも同作を想起させるのだ!
《洪拳小子》の動作設計は、もちろん劉家良。マオ大師とレイ・ヨンが落ち合う先で、お互いの顔が見えない状況ながらレイ・ヨンが、流れ落ちる血で相手をマオ大師と悟るのだが、その際にマオ大師が言い放つ『血を見てみろ、俺しか有り得ない。』という台詞に爆笑!
なにせ、傅聲主演の張徹作品では、傅聲演じる主人公が、必ずと言って良いほど血だるまになって死ぬのである。腸が飛び出す大量出血が、傅聲の代名詞的状態なのだ。
これは、傅聲と劉家良による Self-parody に違いない。張徹監督作はすべてが名作だが、こと傅聲主演作に関しては「なぜ殺すのか?」と感じることばかり。当時の女性ファンからも「傅聲に無茶させないで!」といった要望が多数寄せられた可能性は極めて高い。
それだけに、腸も血も偽物だ、ということを強調したかったのかも知れない。それに傅聲には陽気な英雄が似合う。劉家良も、そう感じていたのではないか?
映画制作の裏舞台と迷信への皮肉
偽雷公は、刀を素手で掴んだり、槍を腹で受けて平然としていたり、はたまた念じるだけで、相手が吹っ飛んだり。まさに「刀槍不入」である。
野党の面々が使う武器は、当然偽物だ。しかし、偽雷公が偽刀で野党を斬ると、斬った服がズタズタになる。それは、斬られた方が、掌に隠し持った剃刀で、自ら服を切り裂いているからだ。
武俠片製作の仕掛けを紹介するような、興味深い場面である。また、偽雷公には《関帝》《后羿》といった神々が降臨するのだが、それを「さも当然」と受け止める民衆。迷信の描写は滑稽であり、また強烈な皮肉でもある。
十八般武藝 登場順
表題付きで披露される武藝は二十般あるが、雙刀・單刀・柳葉刀を「刀」として一般にまとめれば、十八般である。
- 【暗器】绳镖:苦無を小型にしたような投擲用小刀「镖」を縄の先端に付けた兵器。懐に隠し持ち、暗殺に用いる。
- 関連武俠片《老虎田雞》麥嘉 1978年
- 劉家榮の演じる『老虎』が華麗な技を披露。
- 【短兵器】護手鉤:鈎状の切っ先を持ち、柄以降も刃が伸びている。柄には「月牙」が付く。二刀流が基本。香港電影武俠片でも馴染みの定番兵器。
- 【短兵器】雙鎚:西洋では Mace と呼ばれる兵器を、左右で一本ずつ握った状態。太鼓のように打つ。
- 【長兵器】雙扳斧:長い柄を持つ、両刃の両手斧。西洋では Battle Axe などと呼ばれる。
- 【長兵器】呂布戟:呂布が「三国志」で使う兵器。「月牙」を片側のみにした方天戟の変型。
- 【長兵器】大關刀:青龍偃月刀の異名。関羽が「三国志」で使う兵器。関羽は47人目の神「関帝」ゆえに、この武器には邪を払う演出がなされる。
- 【短兵器】雙刀:片刃の剣の二刀流。詠春拳の奪命雙刀が有名。
- 【短兵器】劍:西洋では Sword と呼ばれる、両刃の兵器。香港電影武俠片では《金燕子》の影響か、女性の雙劍使いが定番。また、宝劍(伝説の劍)を主題とした作品も多い。
- 【短兵器】單刀:片刃の剣を、左右どちらかの手に握った状態。
- 関連武俠片《獨臂刀》張徹 1967年
- 香港電影における天下無双の刀の使い手は「方剛」だ。
- 【長兵器】纓槍:緋色の纓が付いた槍。
- 【軟兵器】三節鞭:三本の短い鉄棒を環でつないだ兵器。三本目の棒の先端は刺突用に尖っている。劉家班の作品に頻繁に登場。
- 【暗器】雙匕首:匕首の二刀流、匕首は逆手で持つことが多い。投擲もされる。香港電影武俠片で頻繁に登場。
- 【短兵器】雙拐:類似兵器で例えると旋棍(トンファー)を左右で一本ずつ握った状態。劉家班の作品で稀に使われる。
- 【長兵器】月牙鏟:《西遊記》の沙僧(沙悟净)が使う兵器として有名。武器を持たない農民が、有時の兵器とした Shovel のような農具「鏟」から発展した。
- 【長兵器】單頭棍:一般的な棍。少林寺を代表する兵器。そして黃飛鴻の兵器である。
- 【長兵器】大鈀:兵器として仕立てられた三叉の熊手。これも農具から発展した兵器。劉家班の作品に頻繁に登場。
- 【防禦武器】藤牌:藤で編んだ盾。
- 関連武俠片《螳螂》劉家良 1978年
- 『田忠』の大鈀との攻防にて、主人公『韋風』が藤牌を使いこなしたことで、それまで隠していた「武術の達人」であるという真実が明らかになる。
- 【短兵器】柳葉刀:劇中に登場するのは、刃の短い「南刀」である。
- 【長兵器】三節棍:劉家班のお家芸的な兵器。
- 関連武俠片《少林三十六房》劉家良 1978年
- 世界的ヒット作の呼び物とされた兵器だけに、雙節棍(ヌンチャク)と並び、知名度が高い。
- 白打:徒手空拳。