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大刺客

神が宿りし雄編、張徹と王羽によって伝記は英雄譚となる。

司馬遷が紀元前206年~208年(前漢)に編纂した歴史書「史記」の《列傳 卷八十六 刺客列傳第二十六》に記された、刺客『聶政』の伝記を基盤とした、深奥なる芸術作品である。刺客とは、大義や義理により暗殺を行った烈士。烈士とは、革命や維新などにおいて功績を残し「犠牲」となった人物である。

《大刺客》日版DVD

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  • 導演/編劇:張徹
  • 動作設計:劉家良/唐佳
  • 監製:邵仁枚
  • 攝影:阮曾三/鄺漢樂
  • 配樂:王居仁
  • 領銜主演
    王羽 … 聶政
    田豐 … 嚴仲子
    焦姣 … 夏嬰
    房勉 … 吳忌
  • 主演
    黃宗迅 … 韓傀
    金童 … 韓哀侯
    張佩山 … 蘇軾
    李香君 … 聶蓉
    鄭偉 … 杜頗
    趙心妍 … 趙姬
  • 出品:邵氏兄弟
  • 日期:1967年12月22日
  • 片長:121分
  • 日本版
    大刺客
    King Records 2005年11月02日 DVD
  • English title: The Assassin

干將莫邪による鋼の超兵器、賜死の剣「屬鏤」を手にする、劇的な聶政の "if"

張徹導演
張徹

巨匠、張徹は「史記」の《卷六十六 伍子胥列傳第六 臥薪嘗胆》と《卷八十四 屈原賈生列傳第二十四 干將莫邪》の故事を聶政へと紡いだ。そして天皇巨星の二つ名を持つ伝説的名優、王羽によって甦った聶政の伝記は英雄譚となる。

聶政の魂が屬鏤之劍(しょくるのけん)を引き寄せたのか、屬鏤之劍が聶政を導いたのか…己の生を問う若者、聶政が手にした、名刀工「干將莫邪」による鋼の超兵器《屬鏤之劍》に込められた死の宿命、という脚色は、張徹監督の深い見識と研ぎ澄まされた感性が創造した、余りにも劇的な、聶政の "if" である。

唯ひとりの愛する女性『夏婴』との一夜、聶政と夏婴の短すぎる一生であった。黎明、聶政は、屬鏤之劍を掴んだ、その瞬間に生を終えたのである。屬鏤之劍!愛の喜び、ぬくもりを打ち砕くかの如き猛々しい劇伴、伝説と一体化する王羽。荘厳なる死を描き出す、この数秒に神が宿る。

熱い涙が止まらなかった。悲壮感はない、ただ神々しいものを見た震える魂の感動が、そこにあった。『何かを成し遂げたい。そこらの草木と同じように朽ち果てるなんて…』聶政は己の眼を、屬鏤之劍で水平に切り裂いた。黒く染まる…映画史に残る、壮絶なる、比類なき名場面である。

終幕、夏婴の前に咲き誇る花々。義に殉じ、家族を、妻を守り、大義を成した聶政の生き様が、穢れなき花となったのか…それとも、平凡な生き方であっても草木は花を咲かせる、という、生き急いだ若者への哀悼か…《大刺客》を見終え、ただ呆然と、呆然とした。

舞台背景は戦国時代、紀元前390〜380年代の韓

舞台は、戦国時代において戦国七雄と呼ばれる強国「秦・楚・齊・燕・趙・魏・韓」の内『韓烈侯』代の韓。紀元前399年から紀元前387年の間となる。俠累の没年から判断すれば、聶政の俠累刺殺は紀元前397年の出来事である。日本はこの時期、縄文時代晩期。歴史を照らし合わせると、改めて、中国が途方もない先進国であった事実が克明になる。

大夫『嚴仲子』は韓烈侯に『趙・魏と連合し、楚・齊と図って、秦を討つ』ことを進言するも、韓烈侯の叔父であり相国(現代の首相のような職)の『俠累※1と対立、韓を追われる。俠累の迫害によって愛息をも奪われた嚴仲子は、復讐を果たすべく俠累暗殺を計る。

刺客として白羽の矢が立てられたのは、烈士として知られた聶政であった。聶政は「魏国 軹県 深井里」で生まれ育った※2。軹県深井里は、現代の河南省濟源市軹城鎮とされる。聶政の生没年は不詳とされるが、やはり俠累刺殺の年から判断すれば、没年は紀元前397年となる。

  • ※1 映画内では俠累を「韓傀」と本名で呼称している。原典で用いられる俠累の名は、韓傀の通称である。
  • ※2 散見される、韓の生まれという情報は誤り。

史記 卷六十六 伍子胥列傳第六 臥薪嘗胆

《屬鏤之劍》は、臥薪嘗胆の語源となった故事に現れる。映画の日本語字幕では「属鏤剣」と翻訳されている。春秋時代、呉王「夫差」腹心の軍師「伍子胥」は、越と通じた裏切りの宰相「伯嚭」にの謀略により、夫差の信頼を失っていく。そして、伍子胥が夫差より賜ることとなったのが屬鏤之劍である。その意味は「賜死(しし)」つまり自害の命令である。

史記 卷八十四 屈原賈生列傳第二十四 干將莫邪

映画内にて『中原は銅、呉・越は鉄』という台詞がある。これは歴史書「呉越春秋」に現れ「史記」にも記された春秋時代の名刀工夫婦「干將莫邪」と、その名を冠した名高き双剣の伝説に由来していると思われる。

干將莫邪が鋳造したのは、春秋時代の刀工技術を遥かに超越した「鉄」の剣である。戦国時代には製鉄技術の進歩により鉄器の実用化が始まったが、鉄製武器は短刀に留まり、鉄剣は僅少、ほぼ存在していなかったとされる。秦が天下を統一した紀元前221年時の主武器は「青銅剣」である。

故に、この時代に現れた鉄剣は、伝説の干將莫邪の腕をもってこそ成せる超兵器。「賜死」の宿命を背負った宝剣のひと振りで、無数の兵を切り捨て、無数の屍を踏み越えながら「刺客聶政」は「己の生きた証」を残すため駆ける。

《大刺客》の予備知識となる Keywords

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