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龍在天涯

記念碑。

李連杰と利智の馴れ初め、李連杰と星爺の貴重な共演、狄威が初武術指導!San Francisco を舞台にする黑幫電影。 Mafia 側に焦点を当てており、真の主役は、狄威が演じる Wong だ。制作陣が米国進出に批判的であったように思え、強烈な皮肉を押し出した Nihilism が漲る。

《龍在天涯》海報

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  • 導演:鄧衍成
  • 編劇:阮世生
  • 動作設計:狄威
  • 監製:方平
  • 攝影
    袁偉國
    朱之鴻
    林亞杜
  • 配樂:林敏怡
  • 領銜主演
    李連杰 … Jimmy Lee Kwok-lap
    利智 … Penny
    周星馳 … Andy Yau
    狄威 … Tiger Wong Wai
  • 主演
    方家煌 … Marco
    黃炳耀 … Drug dealer
  • 出品:萬里電影
  • 日期:1989年09月01日
  • 片長:96分
  • 日本版
    ドラゴンファイト
    KSS 2000年11月24日 DVD
  • English title: Dragon Fight

李連杰26歳、周星馳27歳、利智28歳、狄威37歳

後に結婚する、李連杰と利智の馴れ初めであり、また李連杰と周星馳の貴重な共演作かつ米国進出作である。星爺が李連杰と共演する作品、星爺の米国 Location 作品…どちらも本作以外には思い当たらない。もしかすると、これが最初で最後かも知れない。まさに「記念碑」的な作品だ。

公開当時は狄威37歳、李連杰26歳、周星馳27歳、利智28歳であり、とりわけ周星馳は俳優歴二年目での米国進出という期待の高さ。

主人公 Lap(李連杰)と幼馴染ながら仇敵となる Wong(狄威)そして Lap の無二の友となる Yau(周星馳)の各々が、ほぼ均等に出演時間を与えらており、各俳優の米国市場への売り出しに配慮した構成だと思われる。絶対的な正義の英雄、李連杰。咲き誇る悪の華、狄威。若き日の天然な二枚目半、周星馳。各々の個性は充分に発揮されている。

Andy "Y"au ってどうよ!

王晶《整蠱專家》1991
王晶《整蠱專家》1991

調べて初めて知った。星爺の役名の Full Name は "Andy Yau" である!何を考えているのだか…劇中では姓の Yau としか呼ばれなかったと思う。つまり Pamphlet でもないと名前は知りようがない。それに、香港で Andy Lau の呼称はあまり使われない。公開当時、この冗談に気が付いた人はどれだけいたのだろうか。

なお、華仔(第10期)は星爺(第11期)にとって無綫電視藝員訓練班の一年先輩にあたる。二人は二年後の《整蠱專家》にて、現在のところ最初で最後の共演を果たした。

狄威が武術指導を初担当、格闘場面は超一流!

狄威の唸りを上げる重い蹴り、李連杰の変幻自在の技と棒術が、長尺で存分に堪能出来る。米国進出という勝負を賭けた作品で、最大の売りとなる中國武術。並居る指導者を押しのけ、狄威が採用されたという事実に、この名優の確かな実力と評価が見て取れる。

真の主役は狄威

王龍威《殺出香港》1988
王龍威《殺出香港》1988

米国の裏社会を腕一本、いや神業と呼べる、あの凄まじい「脚一本」で成り上がる《龍在天涯》を体現しているのは狄威が演じる Wong である。Wong の生き様が物語の帰結であり、そこには「虚無感」だけが残される…

役者としての狄威は「正義の味方」然とした佇まいを持っており、あの柔和な表情に悪を感じることなど到底出来ない。しかし、僕が知る狄威の主要な役所はすべからく巨悪なのである。一度で良いから、狄威が「完全無欠の英雄」を演じる作品を見てみたい!せめて主演作が見たい…

調べてみると、日本語字幕付きで見ることが可能な狄威の主演作は、1988年の《殺出香港》であり、早速購入した。監督は、あの王龍威老大である!劉嘉玲、そして Muay Thai 足技の達人、成龍作品でお馴染みの盧惠光との共演も夢がある。これは見るからに黑幫電影作品なので、狄威は Antihero を演じている可能性が高いが、それまた、めちゃくちゃ楽しみである!

鄧衍成

鄧衍成導演の作品を見るのは本作が初めて。調べてみるとこの導演は、当時から黑幫電影を得意としていたようだ。本作も全編に渡って「陰」が漂く、焦点は黑社會側に当てられている。本作は、やや食い足りない感が残るが《紅燈區》は抜群に良かった!

裏主題は米国への強烈な皮肉

物語の帰結から鑑みるに、制作陣が米国進出に対して批判的であったように思える。主人公 Lap は故郷と、幼馴染の親友 Wong を失い、米国で家族同然となった Yau とその叔父を失った。彼は運命に翻弄されただけであり、希望は一切描かれない。

「故郷を捨て、米国裏社会で成り上がる道を選んだ」Wong の生き方が米国そのものの Metaphor であるとすれば「誇りを捨てて成り上がって(大国となって)も、残されるのは虚無」という強烈な批判である。また Lap を「好むと好まざるとに関わらず、米国に移住する人々」の代表とすれば「偏見だらけの社会で、すべてを失うのみ」という皮肉が突き付けられる。

「米国市場意識過多」への反動もあったのではないか?そのため、米国映画枠であれば最高傑作のひとつだが、香港電影として見ると、異常に Nihilism が漲った特殊な作品に映る。

香港・中華圏と米国圏は違う。

1997年の返還に際し、李連杰は米国人となった。そのため中華圏では批判的な意見が出ることもある。成龍と李連杰については、米国と、米国影響下の日本といったアジア圏への政治的無関心が顕著な国では、中華圏の代表的俳優と見做されるが、中華圏では、四大天王や周星馳といった「中華圏に根ざす明星」の方が身近である。

米国など行かずとも香港から世界を取った映画人は多い。

《龍在天涯》日版DVD
《龍在天涯》日版DVD奇怪的封面

日本版 DVD cover には「米国進出第一弾」が大々的に宣伝されている。僕にはこの宣伝文句はマイナス要素に過ぎない。なにより、普段から香港・台灣・伊仏西の電影を中心に見ており、米国映画を一切見ない僕には違和感も強い。僕にとって英語は英国だ。

San Francico にて撮影され、米国俳優も多数出演している。その「街と人の景色」はテレビでも毎日のように流れている退屈な米国であり新鮮味はない。さすがに観光に行った時は新鮮だったが…見るだけは見飽きた。

San Francico 撮影の定番である、坂の激しい勾配を利用した Car stunts もあるが、これは多分に米国受けを狙ったもの。香港電影らしからぬ「安易な展開」であり蛇足。こんな「無個性な場面」に尺と経費を割くのなら、終劇後の Ending credits で流れる没場面を採用すべきであった。様々な経緯があって削られた場面であろう。没場面を組み込んだのは、導演の最後の抵抗かも知れない。

それと、本作とは直接関係ないが、日本版 DVD cover は香港版海報を貼り付けるだけにして欲しい、と感じているのは僕だけではないはずだ。この Cover は Slogan も Design ひどい。日本販社は米国至上主義が顕著だ。

俳優歴二年目ながら周星馳の演技力はずば抜けている

时尚先生 2010年7月号《周星馳》
时尚先生 2010年7月号《周星馳》

本作では李連杰、狄威ともに「非日常」的である動作場面がほとんどを締めており、登場人物の「現実」という繊細な演技力を要求される部分は、星爺ひとりが担っている。既に名優の域にある彼の演技は、この物語に「活きた世界」としての息吹を与える。

世界最高峰の動作演員を擁する香港影圏において、星爺が極めていった動作ではない「演技」は、多彩な表情、歩き方、タバコをくわえるちょっとした仕草までをも見る者の印象に残す「達人」の領域。星爺はこの当時、27歳。まだ俳優歴二年目だ。この段階で米国進出作の助演俳優である。超実力派、香港影圏期待の Rookie なのだ!

星爺が演じるのは、コンビニエンスストアを経営する叔父の元で働く若者。女の子と賭け事が大好きで、地に足が着かないフワフワとした生き方をしているが、主人公 Lap の窮地に手を差し伸べ、親友となる。これは、この当時の若手俳優全般にあてがわれた「型に嵌った」役回りだ。導演は「周星馳」という人の凄さを完全には見抜いていない。

Yau は捻りのない古典的な Troublemaker であり、余りにも Stereotype な結末を迎える。星爺ファンとしては頭を抱えるしかないが…周星馳という俳優でなければ、この設定で、ここまでの存在感を出すことは叶わなかったはずだ。

星爺と李連杰

李連杰は役者としては星爺の五年も先輩だが、年齢ではひとつ年下。若くして既に大御所となっていた李連杰だが、先輩風など絶対に吹かさないだろうし、年長である星爺に敬意を払って接していたはずだ。星爺もまた、ほぼ同年齢の李連杰に、先輩という壁を超えた親近感を抱いていたのではないか。

嬉しいことに、本作における、星爺と李連杰の共演場面は充分に「共演」と言えるだけ存在しており、お互いに波長が合っている様子が映像を通じて伝わって来る。物語中盤の Lap & Yau のやりとりは心地良く、また貴重でもある。

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